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構造物関係の仕事に携わる者にとって、忸怩たる思いをあじわった日ではなかったか。
構造物の老朽化を放置すれば、利用者、第三者の生命、財産の安全を脅かす状態に至り、経済・産業の発展に寄与してきたそれらが、国家にとって負の財産ともなりうることは、他国では経験済みであり、わが国においても他人事ではないとの指摘を受け、早くから取り組んできたはずであった。
同トンネルでも点検を行い、“供用上の特段の問題はない”との認識の上に、サービスを提供し続けていたのではなかったか。
にもかかわらず、あってはならない事故を起こした原因は、何なのであろうか。
不測の事故、事態が危惧されるようになり、待ったなしの対応を迫られつつあることは、新聞他の報道でも知られるところだが、“昨日まではなかったこと、まだ先のこと、維持管理されている構造物はその前に必要な手立てを講じることができる”などの慢心がなかったかというと、否定できないのではないか。
振り返ると、そうした慢心を生む拠り所こそ、「適切な点検を行ってきている」という、一種の実績であったように思われる。
もとより、それが確かなものであったとしても、それのみで安全を保証できるわけではないが、絶対とはいえない実績の山の上に安穏としてきたのであれば、批判を受けねばならない。
蓄えてきた点検記録が信頼に値するものか再確認した上で、従来の考え方、理論、態度、方針を反省し、真にあるべき点検、維持管理の方法を追究、実践していかなければならないと思う。
日常点検、定期点検、臨時点検などの各種点検は、構造物を維持管理する上での基本であり、なかでも目視で確認することは最重要であるから、今後も点検結果を基とした維持管理が行われることに変わりはない。
しかし、今般の事故によって、“点検実績を重ねるだけの維持管理では、重大事故を未然に防止できない場合がある”という現実を改めて直視させられた格好である。
“考えてもみなかった、想定していなかった”という論法、やり方が大惨事の本となることは、かの地震で経験したばかりであるのに、一年あまりの間に、またしても思い知ったというのが実状である。
その惨状をみれば、現にある構造物の安全性に疑念の目が向けられるのは、当たり前のことといえよう。
同じ原因の事故が生じないとはいえず、同種構造物を対象とした緊急かつ一斉の点検を行い、現状を知るとともに、応急対応の要否を判断することになる。
それによれば、他のトンネルでも同じような変状が確認され、多くは補修による対応を選択したようであるが、なかには天井板の早期撤去を決めたものもあった。
先の震災復興が停滞する中、今般の事故の衝撃が加わり、維持管理の必要性を巡る社会的議論、要請が倍加し、受けて、その方面への予算配分を厚くする等の財政の方向転換も検討されはじめている。
この間、諸インフラの平均年齢と近い将来の推計、どうともならぬ財源不足の見通し、ではどうすべきかといった解説、論評が相次いでいたが、防災と構造物の老朽化への対応という差し迫った課題を前に、財源を手当てする機運が高まったのは再生へ向けての一歩に違いない。
“急遽、舵を切った”とでもいうべき変わり身ではあるが、とくに後者、老朽化への対応に関する財源の問題は、うやむやにできない積年の課題であり、国が抜本的方針を示して先導していくことが求められる。
まだしばらくは、識者による事故原因の検証、究明、あるべき維持管理に向けての提言を待たねばならないが、以下では、点検、維持管理のあり方に関して、自分なりにも考えてみたことなどを挙げてみたい。
(1) 構造物の予定供用期間
「予定供用期間」というのは、いつまで使うのかということである。
構造物管理者の考え、将来計画等に基づいて、設計時点において定められるべきものであるが(供用開始後に変更してもよいものであるが)、通常、定められていない。
容易には取り替え、作り替えの利かない一品生産といえるものを、いつまで使用し、その後どうするなどということは、管理者といえども、構造物の設計時点ではわかりえないことであろう。
しかし、いつまで使用するのか決めないと、半永久的に点検頼みの維持管理を行うこととなり、必然的に老朽化に伴う事故発生の可能性は高まらざるを得ない。
予定供用期間を合理的に決定できない他の理由として、構造物には寿命があり、永久に使用できるものではないとわかっていながら、現状では、各々の使用条件における維持管理上の寿命を明確に示せないことがある。
この分野の研究が進めば、いずれ解決されていくことと考えるが、長く使えば使うほど事故発生の可能性は高くなる。
予定供用期間を決めずに、何の定めもないまま、際限なく使用し続けるという考え方は捨てなければならない。
いつの時点でどうなるのかを予測し、廃棄までのライフサイクルを通した最適シナリオを検討する上での障害でもある。
現状では、中長期的な管理方針の下に供用されている構造物すら多くはないといえるが、その範囲にとどまらず、予定供用期間を含めた管理方針を持つ必要があると考える。
(2) 附帯設備の耐用期間
冒頭の惨事は、本体構造物の破壊によるものではなく、そこに取り付けられた附帯構造物の落下によるものとされる。
本体に比べ、取り替え、作り替えが容易なものは、耐用年数を定め、そのたびに部分的な更新を行うのがよいと考える。
点検者の目で異常の有無を確認するにしても、専用機器、センサの力を借りるにしても、問題の性質上、”絶対に間違いない”という点検を行うことは不可能である。
更新可能なものに関しては、使用期間の上限を定め、まだ使えると考えられる場合であっても、原則として取り替える等の予防的措置をとることが考えられる。
耐用期間までに異常が確認された場合は、その原因と程度に応じ、点検を強化する、速やかに補修する、取り替える等の対応を選択するのがよいと考える。
附帯設備等についても、耐用期間を定めておかないと、事故発生の確率を高めつつ、何かあるまで使い続けるということになりかねない。
点検というのは、維持管理の1つの方法に過ぎず、他の方法、手段と補完し合うことによって、事故発生の確率、残余のリスクを減らすことができると考えるべきであろう。
(3) 構造物設計における維持管理への配慮
早くから言われてきたことであり、各種の設計基準にも取り入れられつつあるが、一層の配慮、工夫が必要である。
たとえば、点検用通路、施設を設ける、付帯設備等は取り替えが容易な構造形式、分割方法、取り付け方法とするなどである。
維持管理しやすいものを作れば、点検を容易にし、その精度を高めるとともに、損なわれた性能を回復させることも容易となるため、事故発生の可能性を減らすことにつながる。
長く使うものほど、維持管理しやすいものとする必要がある。
土木・建築の技術は、経験工学といわれるが、既往の知見、想像力の範囲が限定的であると、利用者の命に関わる事態を生じさせかねない。
知見不足を首肯せざるを得ない点に関しては、起こりうることを予測し、別途の手立てを講じることも考える必要がある。
(4) 既存構造物における点検設備の拡充
信頼性の高い点検結果を得るには、どれだけ近接して点検できるかが重要になる。
手の届かないところをハンマーで叩くことはできないし、背伸びをしても見えないものは見えない。
しかしながら、実際の維持管理では、構造物の用途、種類にもよるが、そうした悪状況での点検を余儀なくされていることが少なくない。
維持管理といったことを考慮していない古い時代の構造物には、安全に、かつ近接して点検するための設備がないことが多いためである。
そうした構造物の中にも重要度の高いものは多くあり、今日にあって、なお使用していかなければならないものがある。
見えなければ、触らなければわからないことがあるのは当然であり、見るため、触るためには、そのための設備を用意する必要がある。
ひとたび何かあれば、重大事故となることが想定される箇所の点検には、そうした設備等を設け、点検の質を向上させる必要がある。
点検者の安全と作業時間を確保するための配慮も求められる。
(5) 第三者影響度の高い構造物(部位)の抽出
「第三者影響度」というのは、第三者に被害を与える可能性をいうものである。
高所から重量物が落下する可能性がある場合などは、“第三者影響度が高い”ということになる。
構造物の点検においては、第三者影響度の有無、程度、予見される事故とその影響などを頭に入れて行う必要がある。
しかしながら、こうした影響度の高い部位というのは、手の届かない、目の届きにくい高所にあるのが普通であり、離れた位置からの目視による点検だけでは、異常や変状の有無を把握することが難しい。
点検設備を設けるか、定期点検時に足場を用意する必要がある。
前記の部分的な更新を行うにしても、新たに点検設備を取り付けるにしても、真に見るべき箇所の点検を行うにしても、その間、構造物の供用を中断もしくは制限しなければならないこともある。
構造物管理者、利用者の双方に経済的負担、損失を強いるものであるが、人命を危険にさらしたまま供用し続けることはできない以上、たがいの理解、約束の下に実施すべきことであると考える。
(6) 構造物の供用年数に応じた点検頻度の設定
長く使えば使うほど事故発生の可能性が高くなることは、上で述べた。
であれば、点検の頻度と項目、方法なども、供用年数の長さを考慮して決定するのが合理的であろう。
それらは、構造物の重要度、第三者影響度、予定供用期間、環境条件等をふまえて設定されるが、供用年数と変状の有無、箇所数、事故発生の確率との関係といったことも考え合わせるのがよいと考える。
道路、鉄道会社をはじめとする各機関では、膨大な点検結果を蓄積してきており、それらを最大限に活用することが求められる。
当初と同じインターバルで点検していたのでは、次回点検までの間に、見過ごすことのできない異常が生じたとしても、放置され、性能低下を進行させてしまうことがありうる。
構造物の劣化というのは、長らくは緩やかな速度で進むものの、ある時点からは急激に進行することが多いものである。
そうした事態を避けるためには、高齢化、老齢化した構造物ほど濃密な点検を行う計画に改める必要があると考える。
“本体構造物に比べ、附帯設備の点検は軽視されがちである”ということもできるかもしれない。それらも含め、予見される事故を想定した上で、点検計画を見直す必要がある。
平成24年12月31日
コンクリート構造物の美観性能
構造物診断という仕事をしていると、構造物の見た目を問題視する事案を見聞きすることがあります。
構造物の用途、種類によっては、美観性能を重視する必要があり、なかでも、打放し仕上げの建築であれば、美観を損ねる変状の発生防止に努めなければならない、これは、当然のことでしょう。
そうした変状の代表格がコールドジョイントであり、美観を損なう他、交差する鉄筋が早期に腐食しはじめるなどの耐久性に及ぼす影響があります。
コールドジョイントの形成を防止するには、打込み後の対応を考える前に、デリバリーの遅れを回避すること、そのために出荷工場と綿密に打ち合わせることが必要であると考えられます。
誰からも嫌われるコールドジョイントですが、この他に、ひび割れの発生自体を認めない発注者、オーナーも存在するようです。
コンクリート構造物に生じるひび割れに対して、寛容すぎる態度、対応で臨むことは、適当ではありません。
しかし、逆の考えも、また然りと言えないでしょうか。
作った側の考えが前者に、購入した側の考えが後者になびくと、両者の間に不幸な関係をもたらすことがあるようです。
完成した構造物が引き渡され、昨日まではなかった”それ(便益のもと)”とともに、待ちに待った未来が始まるわけです。
その出発点にあたって、末永くお付き合いすることになるパートナー(供給側、需要側)同士が不仲に陥るのは、双方にとってデメリットの大きいことであると考えます。
生じてしまった問題は、当事者共有のものですから、真面目に向き合い、供給側にあっては、需要側の話に耳を傾け、誠意をもって対応することが求められるといえるでしょう。
不幸にして、パートナー間の関係がこじれてしまった際に、双方の間に挟まって、互いの身動きを窮屈なものにしてしまう言葉の一つに、「傷物の新車は受け取れない」というのがあるそうです。
高額な支出に違いありませんから、類例として「新車の購入」を思い浮かべるのも、自然なことといえるでしょう。
新車の購入に際して、”傷物を受け取ることができない”のは、なぜでしょうか?
その美観、見た目、高級感、かっこよさなどが、需要側の期待を満たすために、非常に重視されるからに他なりません。
エンジン、走り、その他の性能とともに、美観性能というものも、高いレベルで(不可欠の要素として)要求されるということができます。
コンクリート構造物においても、美観性能が重視される場合があることは、冒頭で述べました。
その他の場合には、”美観性能は重視されない”のでしょうか?
美観・景観というのは、コンクリート構造物の要求性能の一つであり、どのような構造物であっても、それに相応しい水準の美観を有するものでなければならない、といえます。
しかし、構造物の設計計画において、安全性(構造物が破壊して、人命やその財産が脅かされることがない性能)や使用性(快適に使用できること)よりも、耐久性や美観性能を重視している例はない、といってよいでしょう。
人の命が最優先されることは自明ですから、そのための性能が最重視されるのは当然です。
つぎには、不便や支障なく、使用できるものであることが求められます。
本来の機能が発揮されないのであれば、不具合があり、使えないものであるからです。
このことは、車でも同じですが、見た目の価値に対する考え方は、やや異なるといってよいかもしれません。
納品前の車に傷がつく原因は、生産技術の優劣にあるのではなく、その取り扱いや輸送の際の配慮によるものと考えられますが、構造物の場合はどうでしょうか。
構造物の傷(ひび割れ等)を皆無とすることは、現在の技術水準においても、なお困難なことであるとされており、有害なひび割れ発生の抑制(幅の制御を含みます)と、事後対応(損なわれた性能の回復)に努めているのが現状です。
(↑供給側が必要な配慮を怠ることを擁護するものではありません)
むろん、建設費用を積み増せば、そうした傷を多少なりとも減らすことは期待できますが、増せば増すほど費用対効果は芳しくなくなる、と言わざるを得ません。
要するに、完全を期すための費用と、標準的な費用との差は目を見張るものがありますが、そうしたところで、構造物の見た目はそれほど変わらない、ということです。
大半の構造物は、標準的な材料を用い、標準的な施工方法によって構築されていますので、適切に設計、正しく施工されたものであれば、標準的な性能を備えているということができ、初期の外観に表れる変状の有無と程度も、美観性能を著しく損なうものではないことが多い、といってよいでしょう。
(↑設計、施工に問題がある場合は、別の話です)
コンクリート構造物に期待することができる美観というのは、元来、そのような性質、程度のものであって、大量生産可能な工場製品、美観が絶対視される工芸品などとは異なるものである、といえるのかもしれません。
話が長くなってしまいました。
わたしたちは、構造物の診断を仕事としていますが、その構造物の建設費などということを考えて変状を診ることはありません。
原因と程度が同様であれば、公共の構造物であれ、オーナー所有の私的な構造物であれ、評価は同じということであって(どうすべきかの提案は異なることがあります)、投資の大小を性能評価の与条件とすることはないということです。
仮に、標準品よりも10倍高額なコンクリートを特別に使用した場合であっても(投資が大ということです)、評価の与条件とすることはありません。
その変状が構造物の要求性能に及ぼす影響というのは、そうしたこととは本質的に無関係であるからです。
その変状によって、どのような問題があるのかないのか、安全性を損なうものなのか、使用性を損なうものなのか、耐久性が損なわれているのか、その程度はいかばかりか、そういったことを経験的知見をふまえながら判断しています。
公共のものより、私的な構造物の見た目が重視されることは、誰にでも理解されるところです。
損なわれた性能を評価し、要対策と判断された場合には、その回復を図る必要があります。
そのようにして性能回復させた上で供用(使用)開始し、末永く快適に、あるべきパートナーシップのもとに使用し続けることが、当事者双方にとって幸せなことなのではないでしょうか。
平成23年3月30日
社会資本をはじめとするコンクリート構造物の維持管理に関する雑感
これまでに建設されてきた膨大な数のコンクリート構造物は、メンテナンスフリーではありません。
いつの時代にか、そのような構造物が出現するかもしれませんが、そのためのコストを考えると、安全かつ快適に使用するための手当を加えながら、必要とされる期間まで維持管理していかなければならないものが大半であるといえるでしょう。
コンクリート構造物には様々な変状が生じますが、それが生じる時期は原因によって大別することができます。
すなわち、まだ固まらないコンクリートの段階、硬化後1~2年程度までの比較的早い段階、劣化要因の強さと構造物の品質などから決定される経年における段階という具合です(この他、偶発的に生じる変状もあります)。
このうち、施工時に生じた変状は初期欠陥、硬化後の比較的早い段階で生じたひび割れは初期ひび割れなどと総称されています。
これらは、その程度に応じて、構造物の耐久性に影響を及ぼすことになりますので、必要であると判断される場合には、その時点で処置し、損なわれた耐久性を回復させることが望ましいといえるでしょう。
劣化は経年とともに進行していく連続的な現象ですが、その速度は一定ではありません。緩やかな劣化がある程度長く継続した後、ある時点から急激な性能低下が生じる過程をたどるとされていることが多いようです。
このような変状に対しては、深刻な性能低下が生じる前に手当を行う必要があるといえるでしょう。
さて・・・
本格的な少子高齢化時代に突入し、このために懸念される大切な問題の解決に向け変革が生じはじめていますが、維持管理をも含めた社会資本整備に関しては、とくに財源に関して、かつてない厳しい情勢となりつつあります。
新規の建設に関しては、時のアセスメントの観点からの検討も重視し、本当に必要なものと、その規模を吟味することが必要になっています。
維持管理に関しては、将来にわたって、所要の水準のサービスを維持できるように、重大な性能低下を来す前に点検、対策することが肝要であるといえます。
コンクリート構造物は、国民経済に多大な便益をもたらすものですが、構造物の健全性が保たれていることが前提です。
コンクリート構造物を安全かつ快適に供用していくためには、専門知識と経験を有する診断技術者を育成するとともに、その活用を図らなければならないといえるでしょう。
前記のような趨勢にあっても、構造物の老朽化が進行していくことに変わりないわけですから、これらの管理に当たる業務の重要性がいっそう増大していくことは疑いのないことです。
同士、同業者の皆様方とともに、コンクリート構造物の維持管理に注力してまいりたいと存じます。
平成21年10月15日
代表者プロフィール |